事例
子供みまもりGPS「あんしんウォッチャー」の販売シェア拡大に向けて、生成AIを活用してマルチソースのデータを分析し、顧客理解を深化
※本記事の内容、所属部署名などは2025年12月の取材時点のものです 。
子供や大切なモノの位置情報をスマホから簡単に確認できるみまもりGPSサービスとして、2021年にリリースされたKDDI株式会社の「あんしんウォッチャー」。2026年 オリコン顧客満足度Ⓡ調査 子ども見守りGPS 総合第1位を受賞するなど、子育て世代から高く評価される一方、販売シェアの拡大においては課題がありました。
そこで、従来のマーケティング手法を見直すため、ARISE analyticsの支援を通じて顧客および商品の理解を深めるための新たな取り組みに着手。生成AIを活用して約1カ月という短期間でマルチソースのデータ分析を行うことで、精緻な仮説を導き出すことに成功しました。本記事では、「あんしんウォッチャー」のマーケティングをリードするパーソナル事業本部 サービス・商品本部の藤森恒正氏、ARISE analyticsからプロジェクトに参画した浅野太郎、片岡摩由子に、これまでのデータ分析で明らかになった成果と今後のマーケティング戦略について話を聞きました。
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藤森 恒正 氏
KDDI株式会社
パーソナル事業本部
サービス・商品本部
サービス開発部 サービス企画1グループ
コアスタッフ
(ARISE analyticsからの参加者)
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浅野 太郎
株式会社ARISE analytics
Chief Science & Technology Director 兼 Digital Consulting Sector, Innovation & Growth Division, Division Director
派遣元:アクセンチュア株式会社
Song本部 Data&AI アジアパシフィック統括 -
片岡 摩由子
株式会社ARISE analytics
Digital Consulting Sector, Innovation & Growth Division, Service Pivot Unit, Service Pivot Team
派遣元: アクセンチュア株式会社
Song本部 Data&AI コンサルタント
データ分析で導き出す4つの「W」で顧客理解を深化
――まず、今回の取り組みに至った背景、「あんしんウォッチャー」のマーケティング施策で感じていた課題とARISE analyticsに支援を要請した経緯についてお聞かせください。
藤森氏 「あんしんウォッチャー」は、KDDIが提供するみまもりGPSサービスです。デバイスを身に着けたお子さまや高齢者、あるいは大切なモノの現在地をスマホアプリから簡単に確認することができます。競合サービスの中でも、月額539円の契約で2台のデバイスが使えるといったコストパフォーマンスや、年中無休の電話サポートなどが特徴となっています。
みまもりGPSは近年、特に小学校入学を控えたお子さまがいるご家庭では必須となりつつあり、お客さまも早くから情報を収集し、サービスを検討されるようになっています。しかし、3〜4月の商戦期の中で5〜6歳のお子さまを持つ保護者に対して露出を増やしていくという当社の従来のマーケティング手法が期待した成果につながらず、競合サービスの後塵を拝する結果となっていました。
そこで、あらためて市場のニーズを理解し、お客さまに寄り添った施策を実施するためにARISE analyticsに支援を要請しました。「あんしんウォッチャー」をご利用いただいているお客さまのデータは当社でも保有していますが、購入以前の意向や行動までは把握できていません。意思決定の前段階において、お客さまはどこで、どのような情報を得ているのか? あるいは他社のサービスを利用されているお客さまは、なぜ当社のサービスを選ばなかったのか? そうした検討プロセスの理解も含めて、ARISE analyticsの高度なデータ分析の知見が役に立つのではないかと考えました。
浅野 小学校入学を控えたお子さまの保護者といっても、その人物像は多様です。初めてのお子さまなのか、祖父母と一緒に子育てができる環境なのか、あるいは一人親家庭なのか。それぞれ環境が異なれば、心に響く訴求も変わってきます。このプロジェクトのお話をいただいたときは、まず潜在的なお客さまのペルソナを定義して、それぞれの価値観や判断軸を整理しながら、顧客理解を深めることが重要だと考えました。
片岡 そこでプロジェクトの初期段階では、お客さまの典型的なペルソナ(Who)と、商品に対する印象とキーメッセージ(What)を分析し、そのうえで購入を検討するタイミング(When)や情報収集の媒体(Where)の観点から、最適な訴求方法を導き出していくことにしました。

KDDI株式会社 藤森 恒正 氏
Claudeを活用した分析で4つのペルソナを抽出
――具体的には、どのようなデータ分析からスタートしたのですか?
片岡 まず、顧客理解を深めるために「ママの3人に1人が利用する」とされる「ママリ」のデータを活用しました。「ママリ」はKDDIさまのグループ企業であるコネヒト株式会社が運営するコミュニティで、みまもりGPSを検討する際の質問投稿やその回答、お子さまの人数や年齢など、ユーザーのペルソナに関する充実したデータが蓄積されています。このママリのデータをベースにXの関連投稿も合わせて、生成AIにテキストをインプットして横断的に分析することで、典型的なペルソナの分類を進めていきました。
浅野 昨今は生成AIの進化によって、これまでなら数カ月かかっていたような分析が、数週間で完了できるようになっています。生成AIのサービスにはそれぞれ特性がありますが、複数のサービスのアウトプットを比較した結果、今回のプロジェクトではAnthropic社のClaudeを採用しています。
片岡 Claudeを活用したデータ分析の結果、次の4つのペルソナが抽出されました。
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初めて子育て不安型:第一子の小学校入学を控え、安全面の不安が大きい
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経験豊富実用型:仕事と育児の両立で忙しく、実用性と効率を重視する
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価格重視節約型:コストパフォーマンスを最優先に検討
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テクノロジー活用型:最新技術に精通し、GPS以外の選択肢も検討
藤森氏 この4つのペルソナはおおむね想定の範囲内でした。意外だったのは、それぞれのペルソナのボリュームに大きな差がなかったことです。特にテクノロジー活用型を除く3つのペルソナは、約20%とほぼ同じ割合でした。これは非常に重要な発見です。従来は「あんしんウォッチャー」の特徴であるコストパフォーマンスを中心に訴求してきましたが、このメッセージは約20%の価格重視節約型のペルソナ以外には届いていなかった可能性があります。見方を変えれば、別のメッセージを打ち出すことで、より幅広いペルソナにリーチできる余地があるということです。

株式会社ARISE analytics 浅野 太郎
「ポテンシャルシェア」を指標として商材の強みを理解
――続いて「What」を明らかにするための商品分析を進めたわけですね。
片岡 まず、みまもりGPSサービス全体に対してお客さまが抱いている印象を分析しました。ここで活用したデータソースは、AmazonのレビューとXの投稿です。この2つのソースからみまもりGPSの各サービスに関する言及を抽出し、生成AIにインプットしてテキスト解析を行いました。レビューや投稿内容を「GPS精度」「バッテリー」「料金・コストパフォーマンス」「操作性」「デザイン」などのカテゴリに分類し、それぞれの観点で各サービスの評価をスコア化しました。
また今回のプロジェクトでは、実際の販売シェアとは別の「ポテンシャルシェア」という指標を用いました。各ペルソナの価値観と各サービスが持つ特性の一致度から、「理論上の選ばれやすさ」を算出するための指標です。
例えば、価格重視節約型のペルソナでは、「あんしんウォッチャー」のポテンシャルシェアは40%近くあり、競合Aと競合Bを上回っています。一方、テクノロジー活用型のポテンシャルシェアは30%弱で、「あんしんウォッチャー」にはない機能を持つ競合Bにやや及びませんでした。こうした分析で可視化された示唆をもとに、ペルソナごとの訴求方法についての仮説を整理していきました。
藤森氏 「あんしんウォッチャー」というサービスには自信は持っていましたが、競合サービスに負けない魅力と課題が定量的に可視化されたことは大きな成果でした。
浅野 「あんしんウォッチャー」の高いポテンシャルが確認できた一方、実際の販売シェアとの乖離も明らかになりました。これは訴求方法も含めて、マーケティング施策全体に改善の余地があることを示しています。
ポテンシャルシェアの高い経験豊富実用型や価格重視節約型のペルソナでは、お客さまの価値観と「あんしんウォッチャー」の強み(月額539円の契約で2台利用可能)が合致していることが確認できます。一方で、ポテンシャルシェアが低いテクノロジー活用型の方たちは、機能面での物足りなさを感じている可能性があります。
これらのペルソナに対しては、「機能をあえて絞っているからこそ、デバイスの故障が少なく、誰でも使いやすい」など、別の角度から価値を訴求する必要があります。このように従来とは異なる戦い方を見いだすことに、この分析の意義があります。

株式会社ARISE analytics 片岡 摩由子
ペルソナごとに異なる検討のタイミングに改善のヒント
――(Who)と訴求内容(What)が固まれば、次は具体的な施策を開始するタイミング(When)や媒体(Where)などの検討です。
片岡 タイミングの分析では、Web検索データを用いてトレンドを確認しました。みまもりGPSサービス全体に対する検索ボリュームは、以前であれば3月にピークを迎えていましたが、直近では2月頃から伸び始めています。検討のタイミングが前倒しになっているということですが、今回はさらに踏み込んで、4つのペルソナごとの傾向も可視化しました。
その結果、例えば初めて子育て不安型では、検索や投稿のピークが4月にあり、5月にも一定数が残る傾向が見られました。これはお子さまが小学校に入学した後、周囲の状況を見てみまもりGPSの必要性に気づくケースではないかと考えられます。一方、経験豊富実用型では2〜4月にピークが見られ、早い段階から計画的に検討していることがわかります。
Whereの観点では、まずKDDIさまの自社媒体を中心に子育て層の利用状況を確認しました。みまもりGPSと相性の良い接点を明らかにしながら、月間15万人の子育て層に直接アプローチできる媒体として、ママリの活用もご提案しました。
藤森氏 ママリのユーザーには2〜3歳のお子さまを持つ保護者が多く、「あんしんウォッチャー」との相性があまり良くないのではないかと考えていました。しかし、今回の分析によってみまもりGPSに関する投稿も多いことがわかりましたので、効果的な連携の方法を検討しているところです。
――マルチソースのデータ分析が一通り完了し、これからはいよいよ施策の実行フェーズとなります。
藤森氏 現在はこれまでの分析結果をもとに、次の商戦に向けた具体的なマーケティング施策を立案しているところです。この中では、生成AIを活用して各ペルソナのお客さまに響くメッセージの開発も進めています。
浅野 2019年頃、KDDIさまの別事業部のプロジェクトでメッセージの最適化に取り組んだ経験がありますが、その際に最適化できたのはテキストのみで、イメージ画像を含めたクリエイティブまでは踏み込めませんでした。今回は生成AIを活用することで、1〜2週間という短期間でテキストとイメージ画像を含む40本ほどのクリエイティブを制作することができました。
データとAIの「可能性」と「限界」を見極める
――これまでの取り組みの中で、特に大きな気づきとしてはどのような点がありましたか?
藤森氏 ペルソナごとに明確な傾向の違いがあったことは大きな発見でした。春の商戦期をひとくくりで考えるのではなく、時期によってキャンペーンの訴求内容を変えていく必要があることが見えてきました。マーケティングの観点では「どのタイミングで何をするか」を具体化する必要がありますので、その点で非常に有益な分析でした。
浅野 今回のプロジェクトでは、データと生成AIの大きな可能性を感じた一方で、その限界を認識させられたのも事実です。分析のスピードが上がったことで、短期間で多くの示唆を得ることができましたが、同時に過去データだけでは捉えきれない部分も残りました。
そのため、プロジェクトの後半では、競合他社の施策のリサーチも追加しました。オンライン広告はもちろん、オフラインの施策も含めて、各種事例とその効果を整理しました。
片岡 広告・マーケティングの有識者へのヒアリングも行った結果、アプリ内広告をはじめとするデジタルマーケティングは比較的効果が高い一方で、催事でのキャンペーンは費用対効果の面で課題があることがわかりました。また、自治体との連携など今後の可能性を感じさせる取り組みも見えてきました。
外部へのサービス提供も可能なマルチソースの分析モデル
――あらためて今回のプロジェクトの振り返りと、「あんしんウォッチャー」の今後の展望についてお聞かせください 。
藤森氏 約1カ月というわずかな期間で求めていた成果を生み出すことができた点には、正直驚いています。これまで頭の中でぼんやりと捉えていた市場の実態を、データ分析で可視化できたことは大きな収穫です。解像度の高い分析は、経営層を説得する際にも有効です。ただ、現状で見えてきたことはあくまで仮説です。クリエイティブ施策も含めて、今後は検証のサイクルを高速で回しながら、改善を繰り返していかなければなりません。
浅野 あらためて正しいデータとお客さまとの接点の重要性を認識しました。どれだけAIが進化しても、正しいデータがなければ有益な分析はできません。そして、そのデータを得るためにはお客さまとの接点が必要です。今回、ママリという私たちにとって新しいデータを活用できたことは大きな学びになりました。 この他にもお客さまとの有効な接点はあるはずですから、来年以降も試行錯誤を重ねることで施策はさらに進化していくはずです。
藤森氏 今後はKDDIのグループ内にとどまらず、独自のデータを活用した外部へのサービス提供や、自治体と連携した子育て支援などの取り組みも視野に入れています。今回のプロジェクトにおいて、短期間でマルチソースのデータを分析してお客さまのペルソナを明らかにできたことは、貴重な先行モデルになったのではないかと思います。
KDDI株式会社
- 事業内容
- 電気通信事業
- 従業員数
- 64,636名(連結ベース、2025年3月31日現在)
- 住所
- 東京都港区高輪2丁目21番1号
THE LINKPILLAR 1 NORTH - URL
- https://www.kddi.com/