事例

KDDIが取り組むデータを活用した通信ネットワーク改革と、AIドリブンな次世代ネットワークの構築
※本記事の内容、所属部署名などは2025年3月の取材時点のものです。
中期経営計画(2022-2025年度)における事業戦略で「サテライトグロース戦略」を掲げ、コア事業の「5G通信」をベースに、データドリブンの実践と生成AIの社会実装に取り組むKDDI株式会社。通信事業に不可欠な基地局やネットワークなどのインフラ設計から運用まで、すべてのプロセスの技術開発を担うコア技術統括本部では現在、データを活用した通信ネットワーク改革を推し進めています。ARISE analyticsをパートナーとして2022年から取り組んでいるデータ分析によるプロセス改善の成果と、2030年を目標としたAIドリブンな次世代ネットワークの構築について、ARISE analyticsの担当者を交えて話を聞きました。
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佐藤 雄 氏
KDDI株式会社
コア技術統括本部
次世代自動化開発本部
データアナリティクス部
部長 -
宮澤 雅典 氏
KDDI株式会社
コア技術統括本部
次世代自動化開発本部
次世代システム企画部
部長
(ARISE analyticsからの参加者)
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寺尾 康宏
株式会社ARISE analytics
DX Technology Division, Division Director
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後藤 弥子
株式会社ARISE analytics
DX Technology Division, Autonomous Network Unit,NW Analytics Team,
Team Lead -
長谷川 拓己
株式会社ARISE analytics
DX Technology Division, Autonomous Network Unit, NW Operate Team
目次
データを活用して通信インフラのすべてのプロセスを高度化
――まず、KDDIの根幹となる通信事業に不可欠な基地局などのインフラ運用の全体像と、そこでのデータ活用について教えてください。
佐藤氏 通信インフラの運用は、基地局の企画、開発、計画、それに基づくネットワーク設備の設計、工事、その後の品質管理、監視、保守、セキュリティといった一連のプロセスによって成り立っています。私が所属するコア技術統括本部 次世代自動化開発本部 データアナリティクス部は、データを活用してこれらのプロセスの改善・高度化をサポートする役割を担っています。ネットワーク品質を改善するためのデータ分析は約10年前からスタートし、現在はより大規模なデータ、ビッグデータを活用して分析の精度向上に取り組んでいるところです。
――通信インフラのすべてのプロセスでデータ活用が進む中、ARISE analyticsにはどのような経緯で支援を要請することになったのでしょうか。
佐藤氏 データアナリティクス部の前身の組織では、2020年頃からデータ分析をコア技術統括本部内の他部門に拡大していくための取り組みを始めました。しかし、当初はボトムアップ型の活動であったため、その多くは個別課題の改善にとどまっていました。一方で経営層からは経営課題に直結する分析テーマを設定してほしいという要請も寄せられていたことから、計画/設計プロセスにおける「基地局のROI※マネジメント」、監視/保守プロセスにおける「データドリブンな運用監視」、セキュリティプロセスにおける「DDoS攻撃の検知」の3つのテーマをピックアップして、具体的な改善に着手しました。
ARISE analyticsは、すでにKDDIのマーケティング部門のプロジェクトで多くの支援をいただいてきた実績がありました。そこで技術部門の領域でも協力をお願いできないかと考え、まずは2021年にトライアルとして計画/設計プロセスでの支援を依頼し、翌年から本格化することになりました。
(※ROI:Return on Investment 投資対効果)
KDDI株式会社 佐藤 雄 氏
基地局のROIマネジメントなど、経営課題に直結する3つの分析テーマ
――3つの分析テーマについて、2022年から2024年にかけて実施した「基地局のROIマネジメント」の内容から教えてください。
佐藤氏 これまで基地局単位のトラフィック分析やエリア品質の分析は行ってきたものの、ここではいかにして売上に貢献していくかという経営の視点が考慮されていませんでした。そこで基地局当たりの売上・利益を予測する分析モデルを構築し、高いROIが得られる基地局を優先的に計画していくことを考えました。
分析モデルのロジック自体は容易に構築できたものの、その妥当性を関係者間で確認し、意思決定につなげていくところでは苦労もありました。予測値をもとに得られる利益を企画部門に提示したとしても、企画部門の担当者にはなかなか信じてもらうことができません。本当に投資価値があることを認めてもらえなければ前に進めませんので、最初はスモールスタートとして50局、100局のレベルで実践し、徐々に拡大していく方針としました。
後藤 ARISE analyticsとしては、分析ロジックの妥当性をデータアナリティクス部の方々と議論しながらモデルの高度化に取り組みました。ARISE analyticsがこれまで培ってきた機械学習や統計技術のノウハウを活用してパラメーターのチューニングを行いながら、予測値と実測値のズレが少なくなるようにモデルを改善していきました。
株式会社ARISE analytics 後藤 弥子
――2つめのテーマである「データドリブンな運用監視」には、どのように取り組まれたのでしょうか。
佐藤氏 ネットワーク設備から得られるアラートデータや保守データをもとに運用監視業務を可視化し、そこから売上の逸失につながるような課題を抽出したり、改善施策を立案したりするための取り組みです。
長谷川 これまで設備で発生する故障の状況などは可視化できていたものの、お客さまに提供するサービスへの影響については、明確な指標に基づく可視化ができていませんでした。そこで私たちが可視化のロジックを作成し、サービス稼働率を視覚的に把握するためのダッシュボードを構築しました。このダッシュボードを現在、設備の運用保守を担当する技術部門やマネジメント層の方々に意思決定のためのツールとしてご活用いただいています。
株式会社ARISE analytics 長谷川 拓己
寺尾 このテーマについては最初から上手くいったわけではなく、期待される成果が出せない状況がしばらく続いていました。振り返ってみると、当初はKDDIさまからご提供いただいたデータを使って、分析によっていかに成果を出すかにこだわっていました。そこで思い切ったマインドチェンジが必要ではないかと考え、改めて業務課題を深掘りするところからスタートし、その課題解決に必要となるデータをご提供いただいて分析する方針に切り替えました。
佐藤氏 現場の担当者が見ているデータを起点にすると、どうしても小さな改善テーマに終始してしまいます。マインドチェンジによって、サービス稼働率を見るためのデータを取得する方針に切り替えたことで、より経営課題に直結したデータドリブンな分析にシフトすることができました。
――3つめのテーマである「DDoS攻撃の検知」は、どのような取り組みですか。
佐藤氏 コアルーターのDDoS攻撃対策装置に新たな検知モデルを組み込むことで、サービス停止や売上逸失のリスクを低減するための試みです。教科書的なセキュリティ対策だけでなく、データ分析で新たなDDoS攻撃を発見しようというチャレンジングな取り組みとして始めました。
寺尾 ARISE analyticsは、すでに外部のシンクタンクと共同でセキュリティに関する異常検知モデルを構築した実績を持っており、KDDIさま向けに知見を横展開する形でご支援させていただきました。KDDIさま向けのモデルを構築し、商用化に対応できるレベルまで到達することができましたので、今後は他のテーマに拡げていくところが新たなチャレンジだと考えています。
株式会社ARISE analytics 寺尾 康宏
――3つのテーマに関して、ARISE analyticsの支援から生まれた成果をどのように評価されていますか。
佐藤氏 計画/設計プロセスの「基地局のROIマネジメント」では、2023年度の予測レベルで新たに数十億円規模の売上を生み出す、付加価値の高い計画の作成に貢献できたと考えています。正式な評価はこれからですが、経営に与えるインパクトは大きく、2024年度の社長賞にもエントリーされました。
監視/保守プロセスにおける「データドリブンな運用監視」についても、これまでは障害によってサービス稼働率が低下することは把握していたものの、可視化まではできていませんでした。今回、ダッシュボードを構築して、経営層から現場の担当者までが同じ数値を見て判断できるようになったことで、意思決定の高度化が実現しています。
データ分析の内製化という観点でも、ARISE analyticsからデータサイエンスのノウハウやビジネスへの応用力などを学び、我々の弱点を補強しながら課題解決に向けたマインドセットを浸透させることができました。
自律型ネットワーク、デジタルツインなど、次世代の新技術へのチャレンジ
――データ活用による通信インフラのプロセス改善で一定の成果が得られた後、2024年度からは2030年を目標に次世代ネットワークの構築にも取り組まれているとお聞きしています。
宮澤氏 AIや機械学習でネットワーク運用を自動化・最適化する「自律型ネットワーク(Autonomous Network)」や、仮想空間上に現実世界を再現する「デジタルツイン」を活用した次世代ネットワークの構築は、通信業界における世界的な潮流となっています。コア技術統括本部としても、これらの新技術をどのように業務に適用していくかが課題となっています。
一方、KDDI自体が顧客企業のビジネス変革を支援するBtoBtoXへのシフトを加速する中で、お客さまのリクエストに迅速に応える体制を整備する必要にも迫られています。従来はネットワークのプロセス単位で縦割りのサービスを提供していましたが、これからは水平的にサービスを展開していく必要があることから、デジタルツインネットワークの具体的な検討を開始しました。
KDDI株式会社 宮澤 雅典 氏
――この取り組みではARISE analyticsにどのような支援を要請したのでしょうか。
宮澤氏 デジタルツインネットワークは2022年から支援をいただいてきたデータ活用プロジェクトの延長線上にあるもので、データ、AI、業務の3つを組み合わせた形で進めていく必要があります。その点、ARISE analyticsは3年間のプロジェクトを通じてドメイン知識も獲得されてきましたし、ネットワークのデータ構造も理解いただいています。加えて、デジタルツインに関する深い知見もお持ちでしたので、支援の継続をお願いしました。
デジタルツインの世界観を共有し、全社的なAI活用を促進
――現在取り組まれているデジタルツインネットワークの構築プロジェクトについて教えてください。
宮澤氏 データ活用プロジェクトをさらに進化させるという意味で、計画/設計プロセスの「基地局のROIマネジメント」と、監視/保守プロセスの「データドリブンな運用監視」の2つのテーマにおいて新たなシナリオを検討し、AIがどのように活用できるかを検証レベルで進めている段階です。
難易度が高いのは、必要となるデータをどのようにして作っていくかです。シナリオに対して必要なデータはまだ人の頭の中にある状態で、具体化されていなかったり、人によって必要なデータが異なっていたりするため、共有するデータを収集すること自体に難しい面があります。
また、デジタルツインは新しい技術だけに、企画や設計、運用、監視といった業務を担当する部門の方々にデジタルツインの世界観やAIを活用する意義を理解していただく必要もあります。この点については、各部門に新しい技術を導入する意図を説明して、実現するイメージを共有するところから始めています。
後藤 このプロジェクトの中で、私は主に計画/設計プロセスを担当しています。現在は設計部門の方々に現行の業務フローを確認し、業務品質の改善ポイントなどをお聞きしながら、自動化できること、AIへの置き換えが可能なことを洗い出しているところです。プロトタイプの開発にも着手し、1週間サイクルのスプリント開発で成果物に対するフィードバックをいただきながら、ブラッシュアップを続けています。プロトタイプ開発を通じて業務部門の方々からさまざまなご意見をいただくことで、私自身もドメイン知識が深まっていることを感じています。
長谷川 私が担当している監視/保守プロセスでは、AIエージェントの導入を見据えたアーキテクチャを検討しています。運用監視の業務は、熟練技術者の知見をもとに判断している領域が多く、そこにAIエージェントを導入して人の業務をサポートし、究極的には代替する世界観を描いています。
――プロジェクトの開始から1年足らずの段階ですが、現時点でのARISE analyticsへの評価を教えてください。
宮澤氏 業務課題の整理や戦略策定から、AI、システム、データに関連することまで幅広い領域をカバーするプロジェクトにおいて、特にコンサルティングやプロジェクトマネジメントの領域は、主にシステム開発を担当してきたコア技術統括部のメンバーにとって知見が不足しているところです。こうした領域に対してARISE analyticsの支援が加わることで、プロジェクト全体を円滑に進めることができています。
ARISE analyticsとのパートナーシップでAIドリブンをさらに加速
――2024年までの通信ネットワーク改革と、2030年に向けた次世代ネットワークの構築についてお聞きしてきました。最後に、今後の展望とARISE analyticsに対する期待をお聞かせください。
宮澤氏 デジタルツインネットワークについては、これからもさまざまな課題が出てくることが予測されますし、世界的に見ても新しい技術が続々と登場してくる領域です。今後もさまざまな変化を見据えながらプロジェクトを進めていきますので、ARISE analyticsには持ち前の知見で引き続き支援をお願いしたいと考えています。
佐藤氏 ARISE analyticsの支援による部内のデータサイエンティストの技術力向上もあり、データ分析については内製でカバーできるようになってきました。一方、ARISE analyticsの強みであるコンサルティング力については、私たちも学びを深めている段階ですので、今後も手厚い伴走支援をお願いできればと思います。AIドリブンについてもまだまだ知見が不足しているところがあり、マインドセットの改革も含めて、データを使って業務をどうAIに置き換えていけるのか、有益なアドバイスに期待しています。
寺尾 ARISE analyticsとしてはネットワーク知識の向上はこれからの課題で、引き続きノウハウの獲得に努めていきます。AIドリブンに関しても道半ばですので、KDDIさまとのコミュニケーションを深めながら、KDDIグループの事業拡大にますます貢献していきたいと思います。

KDDI株式会社
- 従業員数
- 61,288名(連結ベース、2024年3月31日現在)
- 住所
- 東京都千代田区飯田橋3丁目10番10号
ガーデンエアタワー - URL
- https://www.kddi.com/