事例

KDDIのデータドリブンマーケティングを牽引する「R&Aセンター」 データ分析の文化の浸透、意識改革にも大きな貢献
※本記事の内容、所属部署名などは2025年2月の取材時点のものです。
「au」「UQモバイル」「povo」などのブランドで知られる通信サービスを中心に、さまざまな付加価値サービスの提供を通じて事業の成長を加速するKDDI株式会社。その中で個人のお客さまに向けた事業を担うパーソナル事業本部のマーケティング本部内に2021年に新設され、データドリブン・マーケティングの原動力となっている組織がR&A(Research and Analysis)センターです。
KDDIが2022-2025年度の中期経営計画で掲げる「サテライトグロース戦略」でも重点課題となっているデータドリブン経営の先行モデルともいえるR&Aセンターは、何を狙いに設立され、どのような成果を上げてきたのか。同センターのセンター長を務める寺島潤氏と、寺島氏が指揮するデータドリブンマーケティングの取り組みを支援してきたARISE analyticsの瀧内孝輝に話を聞きました。
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寺島 潤 氏
KDDI株式会社
マーケティング本部
R&Aセンター
センター長
(ARISE analyticsからの参加者)
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瀧内 孝輝
株式会社ARISE analytics
Deputy Managing Director
アクセンチュア株式会社
S&C AIグループ プリンシパルディレクター
マーケティングのさらなるデータドリブン化推進を担う新組織「R&Aセンター」の設立
――KDDIの中で個人の顧客向け事業を担当するパーソナル事業本部では、2021年10月にデータドリブンマーケティングを担う新たな組織として「R&Aセンター」を設立しています。まず、その狙いについてお聞かせください。
寺島氏 R&Aセンターが設立された背景には、パーソナル事業本部が直面していた3つの課題がありました。まず、お客さまとの接点がauショップなどのリアル店舗からネットへ急速にシフトしたことで、お客さまの動向が以前よりも見えにくくなっていたことがあります。通信市場で何が起きていて、私たちはどのような付加価値サービスを提供していくべきかを判断するためには、客観的なデータをもとにお客さまに対する理解を深めていかなければなりません。
また、異業種から新規参入してきたキャリアが次々と新たなサービスを打ち出すなど、通信市場における競争の激化もありました。こうした競争を勝ち抜いて持続的な成長を実現するためには、昔ながらの勘や経験に依存した営業やマーケティングの手法は見直さなければなりません。ここでもデータが重要な意味を持つことは言うまでもありません。
さらに、私たちの組織の内部的な課題もありました。当社は通信キャリアとしてお客さまに関する膨大なデータを保有していますが、これらのデータはさまざまなシステムに異なる定義や形式で格納されていて、意思決定の混乱を招きかねない状況がありました。組織としてのデータ活用のガバナンスを強化していかなければならないことは、以前から指摘されていた課題でした。
こうした課題認識のもと、パーソナル事業本部ではR&Aセンターが設立される以前からデータの分析活用を推進してきました。その1つとして、ARISE analyticsとのパートナーシップで取り組んだauのリテンションプロジェクトがあります。
KDDI株式会社 寺島 潤 氏
瀧内 当時はいわゆる格安スマホの登場によって、乗り換えによる解約が多く発生していたことがパーソナル事業本部さまにとっての大きな課題でした。リテンションプロジェクトでは、お客さまが解約前にどのようなサイトを閲覧されていたかといったところまで踏み込んで分析し、解約に至る傾向を解き明かすことで、将来的な解約リスクをスコアとして可視化する支援などをさせていただきました。
寺島氏 このプロジェクトでは、解約リスクのスコアが高いお客さまに対して、より早いタイミングでリテンションの施策を講じることで、解約率を大きく下げることに成功しました。この成果等を得て、データドリブンマーケティングの重要性を再認識したことから、パーソナル事業本部の各部門でデータ分析を担当していた人材を集めて、2021年10月に発足したのがR&Aセンターです。
データドリブンマーケティングの専門組織を立ち上げることで、事業部内に分散していたスキルやノウハウを集約して、マーケティング施策を高度化できることに加えて、データ分析という業務を正しく評価することで担当者のモチベーションも高めていくことができます。
ただ、当初は高度な分析スキルという点ではまだ課題があり、体系的な教育プログラムもなかったことから、ここでもARISE analyticsの協力を仰ぎました。ARISE analyticsはアクセンチュアの関連会社ということもあり、グローバルの最新技術を活かしたデータ活用の推進、人材の育成、さらには新たな戦略策定や組織づくりまで、当社のさまざまな施策で必要となる広範な知見を備えています。
高度なデータ分析で各施策の成果を可視化し、ARPU収入を向上
――R&Aセンターでは、具体的にどのようにデータドリブン化を推進しているのでしょうか。
寺島氏 各現場にはそれぞれの仕事の進め方があることから、データ分析は「本当に必要なのか」「成果が出るのか」といった懐疑的な目で見られがちです。データドリブンマーケティングの専門組織としてR&Aセンターを立ち上げたとはいっても、しっかりとした成功事例を示すことができなければ、社内で認めてもらうことはできません。
そこで真っ先に取り組んだのが、通信ARPU収入(Average Revenue Per User:1ユーザーあたりの平均収益)を向上するための施策です。政府からの携帯電話料金の値下げ要請によって通信ARPU収入が全体的に落ち込む中、新たな価値の提供を通じていかにして収益を回復させていくかは、KDDIにとって重要な経営課題でした。
お客さまごとに適した新たな価値を提供するためには、複数の施策を同時に走らせることになりますが、その成果を正確に把握して改善につなげていくためには、各施策からどれだけの収益がもたらされているかを可視化する必要があります。
そこでARISE analyticsと一緒に取り組んだのが、膨大なデータの分析によって各施策の成果を検証し、費用対効果を見極めていくための仕組みづくりです。これにより、成果につながっている施策と改善が必要な施策、どこに新たなコストを投下すべきかといった判断を迅速に行えるようになり、通信市場で何が起きているかも含めて、データを使ってあらゆる状況を経営サイドに説明できるようになりました。
瀧内 通信ARPU収入が向上したとしても、合計金額しかわからなければ、どの施策に効果があったのかを判断することができません。そのため、プロジェクトを絵に描いた餅に終わらせないためにも、単に統計的な手法だけでなく、KDDIさまのビジネスを深く理解したうえでR&Aセンターさまと議論を繰り返しながら、新たな仕組みの構築に取り組みました。ここでは、スマートフォンから取得される多様なデータを使って、お客さまの性別、世代、ライフスタイル、趣味、嗜好といったペルソナの整理も行い、分析を高度化させていきました。
株式会社ARISE analytics 瀧内孝輝
寺島氏 大きな成果につながった企画の1つとして、夏の高校野球をスマートフォンでリアルタイムに視聴できる「バーチャル高校野球」があります。当初は企画の実施に要するコストの問題から、限られた試合のみを提供する小規模なコンテンツだったのですが、外出先からの視聴によるモバイル通信の増大、通信ARPU向上が確認されたことで、甲子園での試合だけでなく、地方大会を含めた全試合を視聴できるコンテンツにまで拡大していきました。同時に試合を視聴するアプリ自体も、他の試合の状況がリアルタイムでわかるようにするなど、高校野球ファンのニーズに応えながら進化を続けています。
限られた数の施策であれば、成果の可視化はそれほど難しくはありません。しかし、30以上もの施策が同時進行する中で各施策の貢献度を把握するためには、高度な分析スキルとロジックが不可欠です。通信キャリアの中でKDDIがいち早く通信ARPU収入を回復することができたのも、ARISE analyticsと共同で作り上げた可視化のロジックがあってのことです。
実務を想定した人材育成を通じて、データ活用の文化が組織に浸透
――データドリブンの施策を推進するうえでは、ダッシュボードも有効活用されています。
寺島氏 何かが起きてからデータ分析を行っているようでは、どうしても対応が後手に回ってしまいます。各施策の進捗状況や成果をリアルタイムで把握するためのダッシュボードは、ARISE analyticsと共同で開発してR&Aセンターが発足した当初から活用してきました。
この取り組みは、経営サイドからも高く評価され、経営向けダッシュボードを開発して提供した経緯もあり、パーソナル事業本部とARISE analyticsによるデータドリブン施策の成果が社内であらためて認知され、他の事業部門やグループ会社でも同様の取り組みが広がるきっかけになりました。
瀧内 パーソナル事業本部さま、R&Aセンターさまの取り組みの意義が社内で広く認知されるようになったことで、各部門からより多くのデータを提供してもらえるようになりました。性別、年代といったお客さまの基本属性以外にも、どのサービスを利用されているかなど、データのテーブル上で細分化された項目は1,000くらいあります。まだ入手できていないデータもありますが、これらをダッシュボード上で可視化することができれば、施策をさらに高度化していくことができます。
――人材育成については、どのような施策を進められていますか。
寺島氏 人材育成に関しては、まずデータに基づいて判断を行うためのファーストステップとして、ダッシュボードやBIツールを使いこなせる人材の育成に取り組んでいます。ARISE analyticsには具体的な教育プログラムの提案とともに、講師役もお願いしました。また独自の施策としては、各部門がデータ分析の成果を発表する「データ活用の甲子園大会」のようなイベントも開催しています。
瀧内 講師を務めるにあたっては「実務で役立つこと」を最優先に考えました。一般的な教育プログラムでは、教わったことを実践できる環境が現場にないこともしばしばです。そうならないようにデータ活用の基礎知識から入り、最終的には導入済みのBIツールの使い方をハンズオンでレクチャーするカリキュラムを組んでいます。
データ活用の成果を発表するイベントには、私も審査員として参加させていただきましたが、すべての方が本当に前向きです。部長以上の方々も積極的にコメントし、データ活用の文化が着実に根付きつつあることを肌で感じています。
生成AIの活用など、さらなるマーケティングの高度化を推進
――ARPU収入の向上など、R&Aセンターが中心となって具体的な成果を上げてきたデータドリブン施策ですが、今後の展望についてお聞かせください。
寺島氏 各施策の成果を可視化できるようになったメリットは、お客さまに提供するサービスにも還元されています。KDDIが保有するデータを活用することで、お客さまのライフスタイルや趣味、嗜好などを考慮したうえで、興味を持っていただける最適な提案を行うことができます。通信ARPU収入を底上げできているのも、データを活用した提案をお客さまに受け入れていただけているからだと思います。
今後については、通信ARPU収入に加え、付加価値による収入のさらなる向上を目指し、KDDIの多様なサービスとの連携を図ってまいります。各部門・関連会社のデータとR&Aセンターのデータは、完全に統合できていません。データドリブンの加速に向けた各部門・関連会社のデータ連携は、今まさに広がりつつあります。
瀧内 データドリブンの加速に向けた取り組みは、通信ネットワークを管理する技術部門さまや、法人向け事業を担当する事業部さまなど、全社的に本格化しつつあります。目的は事業部さまごとに異なりますが、客観的なデータに基づく意思決定というアプローチは共通しており、ARISE analyticsとして同様に支援に携わらせていただいています。
R&Aセンターさまについては現在、データドリブン施策の内製化に向けて、段階的に移行を行っています。すでにリテンションに関する分析などはR&Aセンターさまで実施されていますので、ARISE analyticsは生成AIなどの技術を活用した新たな支援策の提案などを行っています。
寺島氏 新たな人材育成、またデータ分析の内製化によって、組織としての力は確実に高まっています。R&Aセンターが発足した当初は総勢で20名程度の体制でしたが、現在は100名を超える規模の組織に成長しています。R&Aセンターがデータドリブン施策の先行モデルとして一定の成果を示すことができたのも、常に私たちと同じ目線で事業課題の解決に取り組んでくれたARISE analyticsの貢献が大きいと思います。
世の中のトレンド、お客さまのニーズは変わり続けています。通信市場においても、競合他社は今後もさまざまなサービスを打ち出してくるはずです。この競争を勝ち抜くうえでは、生成AIをいかにして活用するかなど、KDDIのデータドリブン施策の中でも新たなチャレンジがあります。ARISE analyticsとは引き続きWin-Winの信頼関係の中で、双方の知見を融合しながら、お客さまに向けたより良いサービスをスケールさせていきたいと考えています。

KDDI株式会社
- 従業員数
- 61,288名(連結ベース、2024年3月31日現在)
- 住所
- 東京都千代田区飯田橋3丁目10番10号
ガーデンエアタワー - URL
- https://www.kddi.com/