※本記事の内容、所属部署名などは2025年8月の取材時点のものです。
KDDIが提供するauやUQ mobileなどの通信サービス、au PAYカード、Pontaパス、auじぶん銀行、auでんきなどの個人向けサービスの課題をデータ分析によって発見し、事業部門に解決策を提案するKDDIのDXデザイン本部Analytics & AIセンター。同センターのデータ分析3G(グループ)は、データドリブンマーケティングによる収益の最大化に向けて、因果推論や時系列予測などを活用した高度分析プロジェクトを推進しています。この中で2022年から取り組んでいる「LD(ライフデザイン)リテンションモデルの構築」「総合LTVの施策設計/検証」「各種KPIの将来予測」の3つのテーマについて、データ分析3Gのグループリーダーを務める館農浩平氏と、プロジェクトを支援してきたARISE analyticsのメンバーに話を聞きました。
(ARISE analyticsからの参加者)
――まず、Analytics & AIセンターのミッションについてお聞かせください。
館農氏 個人のお客さまに向けてKDDIのさまざまなサービスを展開するパーソナル事業本部という組織があるのですが、そこの戦略立案のデータドリブン化の実現がA&AIセンターのミッションです。営業、企画、マーケティングといった部署からデータ分析の依頼を受けることもあれば、独自の分析に基づいて私たちから課題の解決策を提案することもあります。その中でAIや機械学習など最先端の技術を使って、分析をより高度化していくことで、パーソナル事業本部の売上・利益に貢献する役割を担っているのがデータ分析3Gです。
――館農さんがグループリーダーを務めるデータ分析3Gは、どのような経緯で高度分析プロジェクトに取り組むことになったのですか。
館農氏 モバイル市場の飽和と過当競争、それに伴う政府の規制など、通信キャリアを取り巻く環境は大きく変化しています。そこでKDDIでは個人向け事業において、コアとなる通信事業と並行して、金融、コマース、エネルギーといったライフデザイン(LD)事業に注力しています。
これまでも通信事業とLD事業を横断したLTV(ライフタイムバリュー:顧客生涯価値)の向上に取り組んできましたが、2022年以前はサービス単位でLTVを分析し、個々にLDリテンションモデルを構築していたため、十分なシナジーが発揮できていませんでした。通信事業とLD事業を包括的に捉えたうえで、どのお客さまに対して、どのタイミングで、何を訴求すべきかをあらためて整理してマーケティングを推進していく観点から、高度分析プロジェクトを立ち上げました。
――高度分析プロジェクトでは、「LDリテンションモデルの構築」「総合LTVの施策設計/検証」「各種KPIの将来予測」の3つのテーマが設定されています。それぞれでどのような狙いがあるのでしょうか。
館農氏 「LDリテンションモデルの構築」は、通信サービスのリテンション効果が高いLDサービスをお客さま単位で特定するための分析です。主要なLDサービスの利用状況と通信サービスの解約抑止の関係を1to1で特定し、戦略の立案に活用していきます。
そこから派生したのが、2つめの「総合LTVの施策設計/検証」です。1to1で算出したスコアを活用して、解約の抑止だけではなく、LDサービスのさらなる利用促進に向けて、長期的なLTVの観点からマーケティング施策を立案することを目的としています。
3つめの「各種KPIの将来予測」は、先に挙げた2つの施策とは文脈が異なります。モバイル市場での売上・利益は、競合他社の施策や政府の規制などによって大きな影響を受けます。しかし、他社や政府の動きを待ってから対策を考えていたのでは、後手に回ってしまいます。
市場の動きに即座に対応できる体制を整えるためには、単純なデータ分析にとどまらず、複数のドメインをまたいだ大規模データの分析やAI、機械学習の活用が必須となってきます。そこで、高度分析によって解約率やARPU(1ユーザーあたりの平均収益)などの重要な指標に基づいてリスク要因を早期に把握し、市場に変化があった際に適切な対応がとれるようにすることを目標としました。
――高度分析プロジェクトのパートナーとして、ARISE analyticsに支援を要請した経緯をお聞かせください。
館農氏 KDDIではARISE analyticsが設立された2017年当初から、個人向けサービスを提供する事業部門全体で横断的に分析支援を依頼してきた経緯があります。私自身も入社以来、Analytics & AIセンターの前身となる部署でデータ分析や施策の効果検証を担当してきましたが、2024年に分析を専門とするデータ分析3Gが発足しました。ここでも膨大なデータを網羅的に分析する技術とノウハウを備えたパートナーが必要でしたので、ARISE analyticsに協力を依頼しました。
久保 高度分析プロジェクトを推進するうえでは、分析の課題を設定する上流工程のコンサルティングから機械学習、大規模データを処理するシステム構築、実際の分析まで、どれか1つが欠けても成果につながりません。ARISE analyticsがコンサルティングからデータサイエンス、エンジニアリングまで一気通貫で対応できる点をご評価いただいたと認識しています。
――具体的な取り組みとして、まず1つめのテーマである「LDリテンションモデルの構築」についてお聞かせください。
藤澤 LDリテンションモデルの構築は、通信サービスとLDサービスのシナジーが定量化されておらず、LDサービスへの適切な投資判断ができない課題を解決するための取り組みです。そのため、LDサービスの利用状況と通信サービスのリテンションの関係を定量的に検証し、戦略に落とし込んでいくアプローチをとることにしました。
具体的には、S-Learnerと呼ばれる因果推論のモデルを用いた推定ロジックを採用し、契約者の年齢、性別、居住地域、契約年数、サブスクリプションサービスやクレジットカードの利用状況などの特徴量と解約行動の関係を推定するモデルを構築しました。このモデルを用いることで、ユーザー属性などの観測可能な条件を一定としたもとでのau PAYカードの利用額の違いが通信サービスの解約率にどの程度影響するのかを分析できます。また、au PAY、Pontaパスなどのリテンション効果をモニタリングするために、モデルの定期運用システムを構築しました。
――2つめのテーマである「総合LTVの施策設計/検証」についてもお聞かせいただけますか。
久保 総合LTVの施策設計/検証は、データ分析に基づいてKDDIのサービスの長期利用を促進し、お客さまのLTVを最大化することが目的です。そのためには、誰に、いつ、どういった施策を、どういったメッセージで届けるかといったアクションプランを考えなければいけません。
そこでは、LDリテンションモデルが1つの要素にはなるものの、実際にクレジットカードを使ってもらえるか、どの程度の利用金額が想定されるかまではわかりません。そこで、これらの要素をすべて掛け合わせることで、LTVの観点から長期的な施策の設計を支援しています。
例えば、PontaパスではLDリテンションによる通信サービスの解約抑止だけでなく、Pontaパス自体の解約抑止、特典の利用促進も踏まえて、1to1のアプローチによる分析を行っています。
――3つめのテーマである「各種KPIの将来予測」は、どのような施策なのでしょうか。
館農氏 将来予測の目的は、競合他社が料金変更などの施策を実施した際、auやUQ mobileの新規契約、解約、機種変更などにどれだけの影響が出るかを知ることです。こうした知見を蓄積しておき、同じようなことが起きた場合はこういった施策を打ってみたらどうかといったアラートを事業部門に上げることを想定しています。他社の施策は1年の中でいつ実施されるかわからず、事前に準備しておくことはできません。そのためにも、データ分析によって将来を予測しておくことは非常に重要です。
及川 基本的にはさまざまなKPIを分析して将来を予測したうえで、1カ月、2カ月先に新規契約や解約の指標がどのように変化するかを算出することがアウトプットになっています。KDDIさまからいただいたデータを使って異常値を検知する設定を行ったうえで、その後に予測精度を高めるために時系列予測モデルのパラメーターを調整していきます。
予測モデルについては、古典的な統計モデル、深層学習モデル、時系列予測のためのProphetモデルなどを検証し、設定の容易さ、予測精度、モデルの解釈性を比較したうえで、広く利用されているProphetモデルを採用しました。効果検証は、私たちの予測結果と競合他社の施策による実際の影響を比較したり、自分たちの感覚と一致するかを判断したりしながら行いました。この予測モデルは、データ分析3Gのご担当者さまからも予測結果に関する意見やコメントをいただきながら、現在も改善を重ねています。
――取り組みとしてはまだ道半ばということですが、どのような点で苦労がありましたか。
館農氏 分析に関しては、KDDIのドメイン知識をARISE analyticsといかにして共有するかは重要なポイントでした。分析の精度を高めるためには、前提知識が同じであることが理想です。アウトプットに関しては、今後どれだけ事業部門に浸透して、理解が広がるかが鍵となります。事業部門から依頼を受けた分析であれば報告をして終わりですが、私たちが提案した分析結果から新たなユースケースを創出していくところには、まだハードルがあります。
藤澤 館農さまのご指摘のとおり、ARISE analyticsの知識だけでは分析結果の解釈に限界があります。これまではKDDIさまのドメイン知識をお借りして、会話を重ねながら結果の検証を進めてきました。
もう1つの課題はモデルの改修です。因果推論のモデルは単純なものから始めて高度化していくのが一般的なセオリーですが、高度化にはさまざまな要素が必要です。そのためには優先順位を決めてKDDIさまのビジネスと技術を理解しながら進めていく必要がありますが、ドメイン知識を踏まえたモデルの高度化には苦労がありました。
久保 総合LTVの施策設計/検証は、将来的に顕在化する可能性のある課題を先取りする取り組みであることから、事業部門に施策を提案してもどうしてもメリットが伝わりにくく、ここはもどかしいところでした。
及川 将来予測においても、予測結果をどのようにビジネスで活用していくかが継続課題です。プロジェクトを開始した当初は、分析で見えるものを増やして予測精度を高めることに注力しましたが、やはり予測結果を使ってもらえないことには価値創出につながりません。そこで、現在は経営陣への報告に分析結果を織り交ぜていただくなどして、徐々に理解を浸透させていく方向で取り組んでいます。
――プロジェクトの成果として、現時点でどの程度ビジネスの価値創出に貢献できているのでしょうか。
館農氏 LDリテンションモデルでは、各LDサービスの利用状況別の通信サービスのリテンション効果を定量的に分析した試算などが、事業部門における施策の目標値設定などで活用されています。
総合LTVは長期的な視点が必要なため、ようやくフレームが固まってきた段階で、2025年度下期から本格的に動き出す予定です。分析チームとしては、施策設計や成果検証までのPDCAサイクルを回すことができたことが成果です。環境は用意できましたので、次はマーケティングチームも巻き込んで事業部門に理解を浸透していくことが課題になってきます。
将来予測についても、予測モデルをもとに競合他社の施策や法改正による影響を納得感のある形で算出できるようになりました。現在は分析結果をDXデザイン本部内で報告しているところで、徐々に認知が広がってきているところです。
――プロジェクトのスタートから約3年が経過しています。これまでのARISE analyticsの支援に対する評価と、高度分析プロジェクトの今後の展望をお聞かせください。
館農氏 大規模データの処理や因果推論のモデルなど、多くの点でARISE analyticsの分析力の高さは実感しています。コンサルティングに関しても、世界の通信事業者や競合他社の取り組みを俯瞰したうえでアドバイスをいただける点で助けられています。
今後、複数のサービスを網羅的に分析し、全体最適を図ることに取り組んでいきます。現時点では1つのサービスに対して1つのテストケースといった形が中心ですが、どの通信サービスもLDサービスも複雑な要素で成り立っていますので、それらを網羅的に分析できれば最適化が進んでいくはずです。
LDリテンションの展望としては、KDDIサービス同士の掛け合わせ利用の効果をデータドリブンに解き明かすことで、膨大な組み合わせの中から理想的なサービス利用パターンを見つけサービス加入・利用を促してきたいと考えています 。総合LTVなら通信サービスに続くPontaパスなどの施策の最適化も考えていく必要があります。将来予測についても、膨大なイベントに対して何をどう試算してアウトプットとして見せていくのかといった点が次のテーマになってきます。これらの優先順位を検討したうえで、ARISE analyticsには今後も独自の分析のノウハウを活用した幅広い支援を期待しています。